耳式体温計の性能評価

− 鼓膜温との比較及び測定手技の影響検討 −
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はじめに

 近年、放射鼓膜温度計の原理を利用して、鼓膜温を測定できる耳式体温計 1.2) が市販され、急速に普及してきている。従来の腋窩式体温計に比べ、測定所要時間が1_3秒と短く、測定を嫌がる乳幼児などの体温測定には非常に便利である3.4) と思われる。しかし、実際には、測定手技や測定時の環境によって、測定値がばらつくことが報告されている3.4.5)。今回、当院外来にて実際に測定手技習熟度の異なる測定者で耳式体温計を測定できる機会を得たため、臨床現場での有用性について検討した。

対象・測定方法

 対象は、平成11年3月から4月の間に、予防接種を含め、当医院外来に来院した1歳未満7人、1-5歳36人、6歳以上17人のべ60例(内男児29例、女児31例)である。腋窩温38℃以上の発熱者6)は 、60例中3例であった(表1参照)。耳式体温計はMC-509(オムロン,京都) (図1参照)、腋窩式体温計は電子体温計:MC-216(オムロン,京都)を各1台使用した。測定者は、手技習熟度による測定精度の比較を行うために、被験者1人に対し、測定経験がない各被験者付添人である測定者(以下、未習熟者)と測定手技に慣れた全被験者共通の測定者(以下、習熟者)の2名とした。鼓膜温は、耳式体温計の電源をONし、耳介を引っ張りながら5) プローブ(先端部)を外耳道に挿入後、測定ボタンを押し、約1秒後に機器本体にデジタル表示された測定値を記録した。この測定を未習熟者で3回、習熟者で各々3回連続、計6回測定した。ブローブカバーの汚れは毎回確認し、基本的に被験者毎に交換したが、耳垢等が付着して汚れた場合は連続測定中でも交換を行った。同時に腋窩部にMC-216を挿入し、測定終了を合図するブザーが鳴った時(温度変化が0.02℃/8秒以下)の値(以下、ブザー値)を記録した。測定環境の室温は22.5±1.3℃下で行った。

解析方法

1.腋窩温との比較

耳式体温計の3回測定値の中で鼓膜温最高値と腋窩温との相関係数を習熟者、未習熟者別に算出した。また鼓膜温最高値と腋窩温との差を習熟者、未習熟者別に求め、ばらつき分布及び差平均を比較した。

2.測定値ばらつきの比較(未習熟者測定と習熟者測定の比較)

各被験者の3回連続測定のばらつき最大幅を習熟者、未習熟者毎に算出し、ばらつき分布と差平均及び0.5℃以上の差を示す頻度を比較した。

3.未習熟者測定と習熟者測定での測定値の差

各被験者毎に習熟者及び未習熟者で測定された値(各々3回測定中の最高値)の差を算出し、ばらつき分布と差平均を比較した。

4.被験者年齢の測定値に及ぼす影響

上記1.2.3で検討した測定差と被験者年齢の相関係数を算出し、各測定差に及ぼす年齢の影響を確認した。

結果

1.腋窩温との比較

腋窩温との相関係数は未習熟者測定及び習熟者測定共にr=0.77であり、有意な正の相関性を示した。未習熟者測定では、上下幅-1.30℃_1.19℃、差平均0.19±0.52℃、習熟者測定では上下幅-0.83℃_1.65℃、平均0.29±0.55℃であった。差平均値は両者間には有意な差は認められなかった(t検定 有意水準5%)が、習熟者の方が高い値を示す傾向がみられた(図2参照)。

2.測定値ばらつきの比較(未習熟者測定と習熟者測定の比較)

各被験者の3回連続測定値のばらつき最大幅は未習熟者測定では、最大1.40℃、差平均0.32±0.27℃、習熟者測定では、最大0.40℃ 、差平均0.09±0.09℃であり、両者間に有意な差(t検定 有意水準5%)が認められた(図3参照)。また0.5℃以上の差を示す頻度は未習熟者測定では18.3% 習熟者測定では0.0%であり、明らかに有意な差(χ二乗検定 5%有意水準)が認められた。

3.未習熟者測定と習熟者測定での測定値の差

測定差は上下幅-0.50_0.70℃、差平均値は0.10±0.28℃であり、習熟者測定の方が未習熟者測定に比べ高い値を示す傾向が認められた(図4参照)。

4.被験者年齢の測定値に及ぼす影響

腋窩温との差と被験者年齢との相関係数は、未習熟者測定の場合-0.11、測定者習熟者の場合0.02、測定ばらつき最大幅(最高値_最低値)と被験者年齢との相関係数は、未習熟者測定の場合0.06、測定者習熟者の場合0.26であった。測定習熟者のみにおいて、被験者年齢が高くなるにつれ測定ばらつきが大きくなる傾向(相関係数検定 有意水準5%)が認められた。習熟者測定と未習熟者測定での測定値差と被験者年齢との相関係数は0.25であり、両者間には正の相関関係が(ピアソン相関係数 有意水準5%)認められた(図5参照)。

考案

耳式体温計はその測定手技および環境が測定値に影響を及ぼすことが報告3,4,5) されているが、本機器においても測定手技の習熟度によって測定値に差がみられ、結果として手技の習熟者の方が、比較的高めに、また連続測定時のばらつきも軽減できる可能性が認められた。

一方、課題として本結果で示したように、習熟した測定者において測定ばらつき最大幅と年齢、及び測定手技習熟による測定値差と年齢において弱いながらも正の相関性が認められた。被験者が低年齢ほど外耳道が短く、鼓膜温をより正確に捉え易いことが考えられるが、年齢及び外耳道の影響については被験者の数を増やしてさらに再検討する必要があると思われる。さらに、現状では鼓膜温の基準が正式には定められていない。腋窩温においても基準値は報告者によって異なるが6,7)、耳式体温計における発熱・解熱の指針となる基準値の制定が必要であると思われる。

しかしながら本調査結果より、放射鼓膜温度計の原理を利用した本耳式体温計において、測定手技は非常に重要な精度維持の因子であるが、正しい測定手技の指導、実現により非常に有用な評価機器になりうることが示唆された。

参考文献

1) 松本孝朗 他:日生気誌 29(2):119_125,1992

2) 小山哲哉他:新薬と臨床 44:543_549,1995

3) 清水浩 他:日本新生児学会雑誌 31(1):115_119,1995

4) 田内守之 他:小児科診療 57(7):1294_1298,1994

5) 坂田 義行他:新薬と臨床 43:2011_2018,1994

6) 富家 崇雄:正常値,第3版,医学書院,東京,354-357,1983

7) 相原弼徳他:医器学 63(6):290-293,1993


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