特別講演
演題新しい創傷治療 −「消毒とガーゼ」の撲滅を目指して−演者夏井 睦所属石岡第一病院 傷の治療センター長抄録病気の治療の原則は,病気を悪化させる要因を除き,病状を改善させる方策をとることであり,これは皮膚外傷の治療でも同様である。では皮膚損傷での悪化要因は何かといえば,創面の乾燥と創面の消毒の二つであり,一方,改善要因は創面を湿潤に保つことである。つまり,「傷は乾かさない,消毒しない」という二つを守れば,薬剤を使わなくてもどんな皮膚損傷も非常に早くきれいに治癒するのである。
創面の乾燥を防ぎ,湿潤を保つことがなぜ重要かというと,あらゆる人体細胞は乾燥させると死滅するからだ。創面では欠損した組織の修復が起こっているが,これは創面で細胞培養をしているのと同じである。培養液がなくなれば培養細胞が死滅するように,創面を乾かせば創修復のために遊走してきた細胞も死滅することになる。細胞が生きるためには湿潤環境が絶対に必要である。さらに,創面からは細胞の増殖に最適のサイトカインを豊富に含んだ浸出液が分泌されている。このため,創面を何かで覆えば創傷治癒物質に富んだ液で湿潤に保たれることになり,創は急速に上皮化する。この「創の閉鎖による湿潤環境の維持」のために開発された治療材料が創傷被覆材である。
一方,消毒薬は蛋白質変性作用によって細菌を殺すが,その作用は種特異的でなく,消毒薬にはその蛋白が人体のものか細菌のものかの区別がつかず,細菌と人体細胞を比べると消毒薬は人体細胞をより強力に傷害する。このため,原液の消毒薬中でも増殖できる細菌がいるのに,希釈した消毒薬であっても人体細胞を殺すことができ,消毒薬は創面を傷害するものである。従って,人体にとっては毒物として作用し,消毒すればするほど創は治らなくなるのである。
さらに付け加えると,創面に細菌が存在するだけでは創が化膿したり創治癒が遅れることはなく,感染を起こしていない創面の細菌は除去する必要がない。